東京地方裁判所 平成7年(ワ)25215号 判決 1997年11月25日
原告 有限会社X
右代表者代表取締役 A
右訴訟代理人弁護士 三上宏明
被告 株式会社商工ファンド
右代表者代表取締役 B
右訴訟代理人弁護士 渡部敏雄
主文
一 被告は、原告に対し、金二九七万五一〇〇円及びこれに対する平成七年一二月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金三五七万五一〇〇円及び内金二九七万五一〇〇円に対する平成七年八月二九日から、内金六〇万円に対する平成七年一二月三〇日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、原告が、被告に対し、物上保証人が提供した物的担保に余力がないにもかかわらず、余力がある旨虚偽の説明をして原告に連帯根保証をさせたうえ、代位弁済をさせたのは不法行為ないし不当利得に当たるとして代位弁済金二九七万五一〇〇円及び弁護士費用六〇万円を請求するとともに、前者については代位弁済日の翌日たる平成七年八月二九日から、後者については訴状送達の日の翌日たる平成七年一二月三〇日からそれぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
二 争いのない事実
1 原告は、高圧ガスの販売等を目的とする会社であり、被告は、金融業を営む会社である。また、訴外株式会社a製作所(以下「訴外会社」という。)は、重軽量鉄骨工作物の建設工事を目的とする会社であり、訴外C(以下「C」という。)は、その代表取締役である。
2 被告は、訴外会社に対し、平成七年五月八日、二〇〇万円を返済日同年七月五日、利息年一五パーセント、遅延損害金年三〇パーセントと定めて貸し付けた。
3 原告は、被告に対し、右消費貸借に際し、訴外会社のために連帯根保証をした。
4 被告は、訴外会社に対し、同年五月一五日、五〇万円を返済日同年七月五日と定めて、同年六月二〇日、五〇万円を返済日同年八月五日と定めてそれぞれ貸し付けた。
5 原告は、被告に対し、同年八月二八日、右保証債務の履行として二九七万五一〇〇円を弁済した。
三 原告の主張
1 不法行為
被告は、貸付けに際し訴外会社の資産状況を調査した結果、訴外会社にも連帯保証人であるCにも返済能力がなく、かつ、Cが提供する物的担保にも余力がないことを知りながらこれを秘匿し、原告に対し、「C社長から二〇〇万円の融資申込みを受けた。融資金額は二〇〇万円だが、万一滞った場合のことを考えて担保枠を三〇〇万円としたい。C社長所有の土地建物を抵当に取る。この物件は時価三〇〇〇万円程度で、先順位の抵当権が二〇〇〇万円ほどついているが担保価値は十分である。最終的にはそこから十分回収できるので安心してよい。連帯保証人はCと原告であるが、第三者をとるのは形式的なもの。」と説明し原告をして担保物から回収できる旨錯誤に陥らせて保証契約を締結させ、代位弁済させたもので詐欺による不法行為である。
仮に、詐欺の事実が認められないとしても、被告は、貸金業の規制等に関する法律一三条(過剰貸付け等の禁止)に基づき保証人たる原告に対して主債務者たる訴外会社の返済能力、経済状態及び他の物的・人的担保に関する情報を誠実に説明する義務があるところ、これを怠り原告の無知ないし錯誤に乗じて保証契約を締結させたのであるから、信義則違反として違法性を有する。
2 不当利得
本件融資債務の返済の引当となるのは、訴外会社の営業収益、Cの収入と不動産、原告の収入であるところ、原告は、訴外会社が営業収益に比して過剰な融資債務を負担していたこと、Cの収入と不動産に担保余力がまったくなかったことを知らされておらず、逆にC及び被告からCの不動産の担保余力を説明され、それを前提として保証を承諾したのであって、そのことは口頭で表示されていたから、原告と被告との間の保証契約は錯誤により無効である。したがって、原告のした弁済は、法律上の原因を欠くものである。
四 被告の主張
本件貸付時に訴外会社やCに返済能力がまったく期待できなかったこと及び被告の原告に対する説明内容については否認する。
五 争点
被告が、原告に対し、連帯根保証契約を締結するに際し、C所有の土地建物の担保価値について虚偽の説明をし、それについて不法行為が成立するか否か。
右連帯根保証契約が原告の錯誤により無効であるか否か。
第三争点に対する判断
一 争いのない事実のほか、後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 原告は、溶接機材・高圧ガスの販売等を目的とする有限会社である。原告は、平成二年末頃から重軽量鉄骨工作物の建設工事を目的とする訴外会社に対し、高圧ガスや溶接機材を納入していた。被告は、事業者向けの貸金業者であり、主に不動産を所有していても担保余力がないために銀行から借り入れることのできない事業者に対し、人的担保を取って貸付を行っている。したがって、被告は、主債務者や連帯保証人が不動産を所有している場合、貸付時に抵当権設定契約を締結するが、直ちに登記をすることはなく、主債務者や連帯保証人が支払を怠るなどして期限の利益を喪失した場合に初めて貸付時に徴していた仮登記承諾書によって仮登記をするのが通常の取扱いである<証拠省略>。
2 原告の代表取締役であるA(以下「A」という。)は、平成七年五月初め頃、Cから、訴外会社が被告から金員を借り入れるについて連帯保証人になることを依頼された。Aは、当初躊躇したが、Cから自己所有の土地建物に担保を設定するので迷惑はかけない旨言われたため、その言を信じてCの依頼に応じることとした。その際のCの説明は、右土地建物は時価三〇〇〇万円程度であるが、先順位の抵当権が二〇〇〇万円ほど付いているだけであるから十分に担保価値はあるというものであった<証拠省略>。
3 被告は、訴外会社との間で、平成七年五月八日、継続取引に関する契約を締結した上、弁済期を同年七月五日と定めて二〇〇万円を貸し付けた。その際、原告及びAは、被告との間で、元本限度額三〇〇万円、保証期間同日から五年間と定めて訴外会社のために連帯根保証契約を締結した。Aは、右保証をする際に、最終的に原告及びAに責任が及ぶかどうか被告に尋ねたが、被告は、Cと同様の説明をしたため、Aは、Cが根抵当権を設定するので、最終的にはそこから回収できるから自己に最終的に責任が及ぶことはないと信じて右保証に応じた。Cは、連帯根保証人になるとともに千葉県柏市に所有する土地建物に根抵当権を設定し、仮登記承諾書に署名押印して被告に交付した。しかしながら、当時、右土地建物には千葉保証サービス株式会社のために債権額二〇〇〇万円の抵当権、訴外株式会社千葉興業銀行のために極度額二〇〇〇万円の根抵当権が設定されており、既に担保余力はなかった。もっとも被告は、事前の審査で登記簿謄本により右抵当権等の設定の事実は認識していたが、右土地建物の時価や残存債権額の調査はしておらず、担保余力の有無についての正確な認識は有していなかった。その後、被告は、訴外会社に対し、同年五月一五日、弁済期同年七月五日と定めて五〇万円を、さらに同年六月二〇日、弁済期八月五日と定めて五〇万円を貸し付けた<証拠省略>。
4 被告は、訴外会社が平成七年八月不渡りを出したため、原告に代位弁済を請求した。原告は、Cに請求するよう求めたが、被告から「原告の客先から直接集金して回収する。」とか「担保が移ればCの不動産から回収できる。」などと説得され、同月二八日、被告に二九七万五一〇〇円を弁済した。その後、原告は、被告に対し、根抵当権移転のための書類を要求したが、同年九月三〇日頃、借用証書等の書類の返却は受けたものの、根抵当権移転のための書類は交付されず、同年一一月一〇日になってようやく追加融資分の借用証書とともに仮登記の抹消に必要な書類だけが返却された<証拠省略>。
5 被告は、代位弁済後の平成七年九月一一日、Cの土地建物について根抵当権設定仮登記を経由し、原告から本訴を提起された後の平成八年四月三日、Cに対し本登記手続請求訴訟を千葉地方裁判所松戸支部(同庁平成八年(ワ)第二三六号)に提起した<証拠省略>。
証人Dは、連帯根保証契約の際のAの質問に対し、事故が出た場合には原告らにも責任が及ぶ旨返答したのであって原告主張のような説明はしていないと証言し、証人Eも担保を移したらそこから回収できる旨の説明はしていないと証言する。しかしながら、被告は、原告による代位弁済後に仮登記を経由し、原告から本訴を提起された後にはCに対して本登記手続請求訴訟まで提起して原告の要求に応じようとしているのであって、これらの事実に照らすと、右証言は被告の主張に沿う証拠として直ちに採用できない。
二 右事実関係に基づいて検討する。
被告が、連帯根保証契約や代位弁済の際に、原告主張のような説明をしたこと及び右説明が客観的事実に反したことは認められるが、被告は、人的担保を重視した貸付けを行い、本件においても貸付けに際し、Cの土地建物の評価や先順位抵当権等の現存被担保債権額の調査はしていないから、右土地建物の時価が約三〇〇〇万円で先順位の抵当権が約二〇〇〇万円付いているという説明もCの説明をそのまま鵜呑みにしたものにすぎず、担保余力がない点について被告が明確に認識していたとは認められないし、貸金業の規制等に関する法律一三条から原告主張のような説明義務が生じるとは直ちに断じ難く、他に原告主張のような説明義務を貸主に認める実定法上の根拠もないから、被告に故意又は過失が認められず不法行為は成立しない。
しかしながら、前記認定の事実によれば、原告は、被告との間で、連帯根保証契約を締結するに際し、被告から、C所有の土地建物に根抵当権を設定するところ、右土地建物にはまだ担保余力があるから、原告に最終的な責任が及ぶことはないという説明を受けてその旨信じて連帯根保証契約を締結したが、現実には右土地建物には担保余力はなかったというのであるから、右の点についての原告の認識には錯誤がある。右錯誤は、動機に係るものであるが、右動機は表示され、しかも要素の錯誤に当たるというべきであるから、原告が締結した連帯根保証契約は錯誤により無効といわざるを得ない。そうすると、原告がした弁済は、法律上の原因を欠くことになり、原告は、代位弁済金について不当利得返還請求権を有する。
三 以上によれば、原告の本訴請求は、二九七万五一〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年一二月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由がある。
(裁判官 足立哲)